不二阿祖山太神宮の根幹を理解する上で避けて通れないのが、古史古伝の代表格である『宮下文書(富士古文書)』の存在です。この古文書は、富士山麓の大明見地区に栄えたとされる「富士高天原王朝」の記録であり、正史である『記紀(古事記・日本書紀)』とは全く異なる創世神話を語り継いでいます。
伝承によると、太神宮の起源は紀元前数千年におよぶ超古代に遡ります。主祭神として祀られているのは、宇宙根源の創造神である「不二太神(天之御中主太神・元津神)」をはじめ、高皇産霊神、神皇産霊神らです。かつて富士山麓には壮麗な神殿群が存在し、国常立尊や神武天皇の皇祖神たちが天下を統治する精神的支柱として機能していたと記されています。
アカデミズムの歴史学においては、宮下文書は江戸末期から明治期にかけて創作・編纂された「偽書」としての扱いを受けるのが通例です。しかし、民俗学や古代信仰の研究者からは「記紀成立以前の富士信仰や縄文的アニミズムの断片を色濃く残す貴重な文化的伝承」として再評価する声も根強く存在します。歴史的事実としての真偽を超え、失われた太古の精神文明への憧憬が多くの人々を引きつけてやまない原動力となっています。