インターネット上の言説において、しばしば見られる誤解の一つに「竹内まりやと中森明菜の解釈を巡る対立構図」があります。
同じく『CRIMSON』に提供され、後にまりやがセルフカバーした「駅」に関しては、山下達郎が自身のラジオ番組等で「明菜版の解釈(哀しみに沈み込むような歌唱)に違和感を覚え、まりやに本来の意図で歌わせたかった」と率直に語ったエピソードが広く知られています。この逸話が独り歩きした結果、「OH NO, OH YES!」についても両者の間に確執や対立があったかのように語られるケースが散見されます。
しかし、これは事実とは異なります。竹内まりや自身は中森明菜の類まれなセンスと声質を一貫して高く評価しており、特に「OH NO, OH YES!」のような内省的で陰影のある世界観を弱冠21歳前後の明菜が見事に具現化したことに対して敬意を表明しています。山下達郎のセルフカバー制作も、対立ではなく「作家が提示した一つの素材が、異なるアレンジャーと歌い手によって二つの傑作を生み出した」という、音楽的豊潤さの証明と捉えるのが妥当です。