当時、梅宮辰夫さんも「孫の誕生」を心から祝福し、世間も梅宮アンナさんの幸せな再出発を見守っていました。しかし、その婚姻生活は長くは続きませんでした。2002年1月の出産からわずか約1年後となる2003年2月、正式に協議離婚が成立したのです。
後にアンナさんが自著や特別番組の独白インタビューで明かした手記によると、スピード離婚の決定打となったのは「生活感覚の決定的な乖離」と「家庭人としての責任感の欠如」でした。
結婚直後から元夫の金銭管理や夜の交友関係を巡るトラブルが頻発し、新婚生活の実態は早期から破綻していたと報じられています。アンナさんは「子どもにとって本当に健全な環境とは何か」を熟考した末、父・辰夫さんの後押しもあり、未練を断ち切ってシングルマザーとして生きる道を選びました。