「PLの寮生活に比べれば、プロのキャンプなど天国のようだ」——数々のプロ野球選手が口を揃えてそう証言する。「研志寮」と呼ばれた合宿所で運用されていたのは、完全なる階級社会だった。1年生にはそれぞれ上級生の専属となる「付き人制度」が課され、身の回りの世話から洗濯、食事の準備まで一切のミスが許されない環境が築かれていた。
私語の厳禁、外部との連絡遮断、常に走って移動する規則。わずかな気の緩みや失敗には、容赦のない体罰や制裁が待っていた。外界から隔絶された空間で、逃げ場のないプレッシャーに晒され続ける日々。当時の部員たちは、野球の技術を磨く以前に、精神を極限まで追い詰められる日常を生き抜かなければならなかった。
この理不尽とも言える縦社会が、試合の土壇場で怯まない鉄の結束と異常な勝負強さを育んだことは皮肉な事実だ。しかし、時代の移り変わりとともに、そうした閉鎖性は致命的な軋みを生み出していく。日本高等学校野球連盟(高野連)から度重なる対外試合禁止処分を受けるなど、暴力問題は次第に隠しきれない影となってチームを蝕んでいった。