廣岡氏が指揮官として残した偉大な実績の背景には、極めて論理的で厳格な組織管理が存在した。弱小と揶揄されていた東京ヤクルトスワローズを率い、1978年に球団初のセ・リーグ優勝および日本一へと導いた偉業は、日本プロ野球史における金字塔だ。
「勝つための組織づくりに妥協は一切いらない。監督が選手に嫌われることを恐れてどうする。選手自身が自らの役割を理解し、自律して動けるチームをつくることこそが指導者の真の仕事だ」
徹底した意識改革と基本技術の反復練習、そして体調管理に至るまで厳格な規律を求めた管理野球。それは単なる力攻めではなく、個々の能力を極限まで引き出し、勝つべくして勝つチームを作り上げる「勝者の組織論」であった。