本名・橋本広司。長崎県諫早市で生まれ育った青年は、最初から役者を志していたわけではない。高校卒業後に上京し、東京・千代田区役所の土木課に勤務していた。毎日図面と向き合う公務員生活。転機は、友人に誘われて観劇した名優・仲代達矢の主演舞台『最底辺』だった。
客席で雷に打たれたような衝撃を受けた。これが彼の運命を激変させる。1978年、倍率200倍以上の難関を突破して仲代達矢が主宰する「無名塾」に入塾。前職が「役所」だったこと、そして「役柄が広がる」ことを願って、仲代の手により「役所広司」という芸名が授けられた。
しかし、そこから始まったのは極貧と隣り合わせの生活だった。塾生時代は給与が出ず、朝から晩まで厳しい発声練習や演技指導に追われる毎日。仕送りも途絶えがちな中、舞台装置の搬入や清掃などの裏方作業をこなしながら、必死に演技の基礎を身体に叩き込んだ。仲代の妥協を許さない指導は熾烈を極めたが、この無名塾での泥臭い鍛錬こそが、どんな役柄にもリアリティを宿らせる稀代の演技力の土台となったのだ。