キツネが使った「apprivoiser(アプリヴォワゼ)」というフランス語は、岩波版では「飼いならす」と訳されました。現代の感覚では「支配する」「服従させる」といったニュアンスを感じる人も少なくありませんが、原義は「野生の動物を徐々に人に慣れさせ、親しくなる」ことであり、作中では明確に「関係を結ぶ(créer des liens)」ことだと定義されています。
恋愛心理学の視点からこの関係構築のプロセスを解き明かすと、キツネは極めて緻密なアプローチを王子さまに教えています。
「毎日同じ時間に来ること。例えば君が午後4時に来るなら、ぼくは3時から嬉しくなりはじめる」「最初は少し離れたところに座り、言葉を交わさず、横目でちらちら見る。言葉は誤解の元だから。そして毎日、少しずつ近づいて座るようにする」。
これは、現代の愛着理論や行動心理学でいう「心理的安全性の構築」と「予測可能性による信頼の醸成」そのものです。他者と絆を結ぶということは、お互いのプライベートスペースを尊重しながら、時間をかけて相互のルーティンをすり合わせ、唯一無二の文脈を共有していく作業にほかなりません。
そしてキツネは、最後に決定的な責任を王子さまに宣告します。
「君は、飼いならしたものに対して、ずっと責任があるんだ。君は、君のバラに対して責任がある(Tu deviens responsable pour toujours de ce que tu as apprivoisé.)」
目に見えない絆を結ぶということは、都合の良いときだけ精神的な結びつきを享受することではありません。相手の傷つきやすさを知り、相手の世界を自分が変えてしまったことに対する「不可逆な責任」を引き受けること。王子さまが最後にヘビの毒針を受け入れ、肉体を捨ててまで自分の星のバラの元へ帰ろうとした決断の根底には、この「引き受けた責任への殉教」が存在していました。