結論から申し上げますと、元町プールでふんどし姿の利用者が名物だったという噂は歴史的事実です。ただし、その背景には時代ごとに異なる2つの大きな文脈が存在します。
第1の文脈は、昭和初期の歴史的背景です。元町公園プールが開設された1930年(昭和5年)当時、日本人男性の遊泳着として「越中褌(えっちゅうふんどし)」や「六尺褌」はごく一般的なスタイルでした。『山月記』で知られる作家・中島敦は、横浜高等女学校(現在の横浜学園)の教員を務めていた1930年代、足繁く元町プールに通い、ふんどし姿で泳いでいたことが当時の日記や関係者の証言・回想録に記されています。当時のプールは外国人居留地の名残をとどめ、ハイカラな外国人と日本の伝統的遊泳スタイルが交差するユニークな空間でした。
第2の文脈は、平成期から2010年代初頭にかけてのサブカルチャー的現象です。異国情緒漂うロケーション、遮るもののない日当たりの良さ、そして公営ならではの手頃な入場料が重なり、いつしか筋肉美を誇示するボディビル愛好家や日焼け愛好者、さらにはゲイコミュニティの開放的な交流拠点(サマーサロン)として口コミで定着しました。当時の現場では、個性的なふんどしや極小ビキニ、Tバックなどを着用して肌を焼く男性たちが日常風景の一部となっており、これが「元町プールの名物」としてネット掲示板やSNSで広く拡散されることとなったのです。