メディアによる一斉報道と世論の猛反発を受け、菅直人首相(当時)率いる政権は致命的な打撃を受けました。発言の翌日である2011年7月4日には与野党から一斉に辞任要求が噴出し、松本氏は翌7月5日朝に辞表を提出。就任からわずか9日でのスピード辞任となりました。
辞任の直接的な理由は、被災者や自治体への配慮を著しく欠いた暴言と、言論の自由を脅かす報道威圧にありました。しかし、その背景には当時の民主党政権が抱えていた深刻な統治能力の欠如と、復興政策を巡る中央と地方の主導権争いも影を落としていました。
閣僚の失言・辞任ドミノが続いていた菅政権下において、復興の司令塔として鳴り物入りで新設された復興対策担当相の即座の失脚は、政権末期の混迷を象徴する出来事として歴史に刻まれることになったのです。