日本における「びまん性正中神経膠腫 治療ガイドライン」において、現在も確固たる第一選択として位置付けられているのは局所放射線治療です。生命維持中枢である脳幹の正常組織へのダメージを抑えつつ、腫瘍細胞の増殖を抑えるため、通常は総線量54〜60Gyを約6週間かけて30回に分割照射します。照射開始から数週間で、複視や麻痺が一時的に劇的に改善する現象が見られ、これは臨床現場で「ハネムーン期(一時的寛解期)」と呼ばれます。しかし、この平穏な期間は通常3〜6ヶ月程度で終わりを迎え、再燃した腫瘍に対して再び放射線を照射する「再照射」の効果は初回に比べて限定的です。
この厚い壁を打ち破るべく進められてきたのが、近年の新薬開発と臨床治験です。小児脳幹部グリオーマに対する薬物療法が長年失敗を続けてきた最大の障壁は、有害物質を脳内に入れないための生体バリアである「血液脳関門(Blood-Brain Barrier: BBB)」の存在でした。どれほど試験管内で強力な抗がん剤であっても、BBBを通過できなければ脳幹の腫瘍組織には届きません。
こうした構造的課題に対し、2026年現在最も注目を集めているのが、BBBを通過してH3 K27M変異細胞の代謝経路(ClpP活性化およびドーパミン受容体D2拮抗作用)に直接作用する低分子化合物「ONC201(一般名:ドルボセルチブ)」です。米国FDAによる迅速承認審査や国際共同臨床試験の進展を経て、日本国内でも治験エントリーや拡大アクセス制度の活用が模索されてきました。さらに、血液脳関門を集束超音波(FUS)によって一時的に開放して薬剤をピンポイントで送り込む技術や、神経芽腫等で用いられてきた抗原を標的とする「GD2標的CAR-T細胞療法」の治験データが世界的な学会で相次いで報告されており、これまで手の施しようがなかった再燃期に対する新たな選択肢として臨床応用への歩みが着実に進んでいます。