1185年、長門国で繰り広げられた壇ノ浦の戦い。栄華を極めた伊勢平氏は、源氏の圧倒的な軍勢の前に次々と海へと身を投じた。平清盛が築き上げた栄華の記憶は、波間に沈んだかに見えた。
だが、戦場を脱出した落人たちの苦難はそこからが本番だった。勝利した源頼朝は全国に厳しい追討網を張り巡らせ、鎌倉幕府の基盤を固めるべく平家の残党狩りを徹底した。九州の祖母山系、四国の祖谷、信州の秋山郷など、幾多の深山幽谷。追手から逃れるため、彼らは名前を変え、言葉を伏せ、そして代々引き継いできた家紋の姿を変形させざるを得なかった。赤旗を封印し、自らの身元を隠しながらも、先祖への供養と誇りだけは紋様の奥底に刻み続けたのである。