少女を繋ぎ止めていた細い糸が断ち切られたのは、中学3年生の秋でした。2013年10月、精神的支柱であった実母が膵臓がんのため50代半ばで急逝します。母の死は、感情の言語化が苦手で他者への共感性に特異な偏りを抱えていた少女にとって、自らの世界を制御する唯一のインターフェースを失ったことを意味していました。
家庭崩壊を決定的なものにしたのは、母の死からわずか数カ月後に起きた父親の行動でした。失意に暮れるなか、父親は実母の一周忌も迎えていない2014年春、新たな女性との再婚に踏み切ります。母の面影を強く求め、深い喪失の混乱の中にいた少女にとって、見知らぬ女性が「新しい母親」として家庭に入り込む現実は到底受け入れられるものではありませんでした。
少女の激しい拒絶反応は、やがて凄惨な家庭内暴力へと発展します。2014年3月2日の深夜、就寝中だった父親の寝室に金属バットを持って侵入した少女は、父親の頭部をめがけて無我夢中で殴打しました。この襲撃により父親は頭蓋骨骨折および前歯複数本を折る重傷を負い、救急搬送される事態に陥ります。
警察沙汰になってもおかしくない重大な傷害事件でありながら、弁護士としての社会的信用や世間体を考慮した父親は、被害届を提出することなく身内の問題として処理しました。そして高校進学を控えた2014年4月、父親は「継母とこれ以上同じ屋根の下で暮らすことは危険である」と判断し、佐世保市内の賃貸マンションを借り与え、少女を一人暮らしさせるという驚くべき決断を下したのです。