菅原工芸硝子の歩みは、1932年(昭和7年)に東京・墨田区で創業したガラス工房から始まりました。1961年に現在の千葉県九十九里町へ拠点を移転。昭和の高度経済成長期に多くのガラス工場が自動機械による大量生産へシフトするなか、菅原工芸硝子はあえて「完全手作業(ハンドメイド)」の道を貫く決断を下しました。
スガハラのものづくりの根幹には、「ガラスは生きている」「ガラスの声を聞く」という職人の確固たる哲学が存在します。約1,400度でドロドロに溶けたガラスの塊は、わずか数秒で温度を失い固まっていきます。職人たちはその一瞬の流動性を捉え、息を吹き込む竿の回転、重力、遠心力を巧みに操りながら、滑らかな曲線と有機的なフォルムを描き出します。
さらに特筆すべきは、「職人自身がデザイナーである」という独自の開発体制です。外部デザイナーに頼るのではなく、日々ガラスの性質を熟知した現場の職人がアイデアを出し合い、毎年数十種類に及ぶ新作を発表しています。その技術力とデザイン性の融合は世界的な評価を獲得しており、ヨーロッパの三つ星レストランや高級ホテルでもサーブ用食器として数多く採用されています。