荻原次晴氏のスポーツ人生における最大のハイライトは、地元日本で開催された1998年長野オリンピックでした。当時のノルディック複合個人戦において、次晴氏は日本勢最高位となる個人6位入賞を果たし、団体戦でも5位入賞に貢献しました。
レース直後のインタビューで彼が残した「健司のオマケじゃない」という心の叫びは、長年浴びせられ続けた比較の視線を跳ね返し、1人のアスリート「荻原次晴」として世界に認められた歴史的瞬間でした。
しかし、その栄光の直後、次晴氏は若くして現役引退を決断します。この引退理由について、彼は後に「長野五輪で全てを出し切り、兄の背中を追い続けたノルディック複合において自分自身の最高到達点に達したと感じたから」と明かしています。燃え尽きるまで競技と向き合い、自らの存在を証明できたという納得感こそが、未練なく次のステージへ進む決定打となりました。