大竹しのぶの最初の夫となった服部晴治氏は、TBSの看板ドラマを数多く手がけた伝説的なプロデューサー・演出家でした。2人の出会いは、服部氏が演出を担当したドラマでの仕事がきっかけでした。当時、若手実力派女優として頭角を現していた大竹しのぶの類いまれな演技力に服部氏が惚れ込み、公私にわたるパートナーシップへと発展していったのです。
しかし、幸せな家庭生活は長くは続きませんでした。長男の二千翔氏が誕生して間もない時期、服部氏の身体を病魔が襲います。死別の直接的な理由は胃がん(末期がん)でした。病魔の進行は極めて早く、告知を受けた服部氏は過酷な闘病生活を余儀なくされました。
当時、大竹しのぶは乳飲み子を抱えながら、献身的に夫を看病し続けました。報道陣の目を避けつつ病院へと通い詰めた当時の様子は、関係者の間でも胸に迫るものがあったと伝えられています。服部氏は1987年1月、47歳という若さで逝去。29歳にして最愛の夫を失い、幼子と取り残された大竹しのぶの悲しみは想像を絶するものでした。
この悲劇の中で、後々の人生を決定づける重要な接点が生まれます。実は服部氏と明石家さんま氏は、テニス仲間であり仕事を通じた親しい友人関係にありました。服部氏は生前、自身の余命が長くないことを悟った際、さんま氏に対して「しのぶと息子のことを頼む」という趣旨の言葉を遺していたとされています。この哀しくも温かい遺志が、大竹しのぶとさんま氏を結びつける契機となったのです。