歴史の糸を紐解くと、この地がいかに特別な聖地であったかがよくわかる。宝亀11年(780年)、岩木山の山頂に社殿が創建されたのが始まりとされる。その後、征夷大将軍として知られる坂上田村麻呂が延暦19年(800年)に社殿を再建し、津軽開拓の守護神として深く崇敬した歴史が残る。津軽首長としての威厳と、北方の守護という重責がこの地と強く結びついていたのだ。
主祭神として祀られているのは、顕国魂神(うつしみくにたまのかみ)をはじめとする五柱の神々。国土開拓や産業発展、さらには人々の縁結びや厄除けまでを幅広く司る。全国の寺社仏閣を包括する神社本庁の傘下にありながらも、津軽一宮としての格式と独自の一大信仰圏を保ち続けているのは、その圧倒的な神気と歴史的背景があるからにほかならない。