現在に至るまで、政府の有識者会議や国会論議で「旧宮家の男系男子の皇籍復帰」あるいは「現皇族との養子縁組」が選択肢として浮上する際、筆頭として名前が挙がるのが東久邇宮家の血統です。
旧11宮家の中でも東久邇宮家が特異な存在感を放つ理由は、主に以下の3点に集約されます。
第一に、天皇直系との血縁の近さです。他の旧宮家が約600年前の室町時代(伏見宮邦家親王以前)まで遡らなければ現在の皇統と男系共通祖先を持たないのに対し、東久邇宮家は明治天皇の内親王(聡子内親王)および昭和天皇の内親王(照宮成子内親王)が相次いで嫁いでいます。遺伝的にも現皇族と極めて近い間柄にある点は、論者の間でも大きな説得力を持っています。
第二に、男系男子の後継者が複数存在している点です。信彦氏の長男・征彦氏だけでなく、東久邇家とその分家筋には複数の男系男子が健在であり、皇統の存続という観点から現実的な候補として言及され続けています。
一方で、当事者である旧宮家の方々は戦後80年近くにわたり一般国民として生活基盤を築いており、個人の意思や基本的人権、憲法上の疑義をどうクリアするかという極めて高度な政治的・社会的ハードルも存在します。信彦氏自身も生前、政治的な皇籍復帰論争からは一線を画し、静かな生活を望んでいたとされています。