災害現場における最大の敵は、建物の倒壊や津波そのものだけではありません。人間の心に深く根を張る「正常性バイアス」と「同調性バイアス」という心理的な防衛本能が、避難を遅らせる最大の障壁となります。
社会心理学の研究において、突発的な異常事態に遭遇した人間は、恐怖や不安を抑え込もうとするあまり「自分だけは大丈夫だろう」「警報は出ているが、前回も大したことはなかった」と都合よく過小評価する傾向が証明されています。さらに、周囲の人が逃げていない様子を見ると「みんな落ち着いているから平気だ」と同調してしまい、結果として全員が逃げ遅れる惨局を招きます。
沿岸部で命を分ける教訓として語り継がれる「津波てんでんこ」の真意は、家族を見捨てろという冷酷な意味ではありません。「各自が責任を持って真っ先に高台へ逃げ、絶対に生き延びて後から合流する」という、事前の絶対的な信頼と約束を交わしておくことです。「家族を探しに自宅へ戻る途中で波に飲まれる」という悲劇を繰り返さないために、全員が迷わず高台や津波避難ビルへ垂直避難する基準を平時から共有していなければなりません。
生き残るための決断基準は明快です。「空振りになってもいいから、少しでも危険を感じたら即座に避難行動を起こす」こと。避難訓練で誤作動だったと笑える結果に終われば、それこそが最良の防災演習です。