宇宙飛行士・毛利衛の現在と功績|名言に隠された真実と2026年の姿

宇宙飛行士・毛利衛の現在と功績|名言に隠された真実と2026年の姿

宇宙飛行士・毛利衛の現在と功績|名言に隠された真実と2026年の姿の全体像を詳しく解説してご紹介します。

毛利衛氏の宇宙飛行士としてのキャリアは、決して平坦な道のりではありませんでした。その原点は、北海道大学理学部化学科での学び、そして同大学院および豪アデレード大学での真空表面科学・核融合材料工学の研究にあります。研究者として北海道大学工学部助教授のポストにあった1985年、宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)による第1回日本人宇宙飛行士公募に合格。向井千秋氏、土井隆雄氏とともに選抜されました。

当初は1988年の打ち上げが予定されていたものの、1986年1月に起きたスペースシャトル「チャレンジャー」爆発事故によって全計画が無期限凍結。死の恐怖と打ち上げ中止の危機という過酷な状況下で、毛利氏はヒューストンでの過酷な訓練に耐え続けました。この苦難の6年間を物心両面で支えたのが、妻の昭子(あきこ)さんと3人の子どもたちです。慣れない異国の地で家族の生活基盤を守り、夫を宇宙へと送り出した家族の絆は、多くの手記やドキュメンタリーでも語られています。

そして迎えた1992年9月12日、スペースシャトル「エンデバー」が打ち上げられ、「ふわっと92(スペースラブ-J)」が幕を開けました。毛利氏は軌道上で鯉の骨密度変化や半導体結晶の成長実験など、材料・生命科学にわたる計34テーマの実験を成功させました。さらに2000年2月には、STS-99ミッションにミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者)として再びエンデバーに搭乗。地球表面の精密な3次元標高データを収集するレーダー観測を完遂し、研究者から宇宙船のシステム運用者へと見事な進化を遂げました。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。