思い返せば、彼の野球人生は常にドラマそのものだった。PL学園時代、桑田真澄氏との「KKコンビ」として全国高等学校野球選手権大会を席巻した熱狂は、今なお高校野球史の伝説だ。甲子園通算13本塁打という金字塔は、打ち破られていない。
ドラフト会議での波乱を経てドラフト1位で入団した埼玉西武ライオンズでは、高卒1年目から圧倒的な打撃センスを披露。その後、悲願であった読売ジャイアンツへフリーエージェント移籍を果たし、巨大なプレッシャーの中でファンを魅了し続けた。通算525本塁打。栄光の影で負った数々の怪我や孤独が、後の波乱に満ちた人生へと繋がっていく。