高倉健の役者人生は、激動の昭和映画史そのものである。1950年代半ばに東映へ入社した彼は、当初は現代劇などでキャリアを積んだが、1960年代に入ると一世を風靡した任侠映画の看板スターとして君臨した。『網走番外地』や『昭和残侠伝』シリーズで見せた、理不尽に耐えかねてドスを抜く姿は、当時の学生運動に身を投じる若者から一般の大衆までを熱狂させた。
私生活では歌手の江利チエミと結婚し、おしどり夫婦として注目を浴びたものの、後に離婚という悲劇を経験する。私生活の痛手や映画界の変革期を乗り越え、彼は任侠路線の枠を飛び出して人間ドラマへと新境地を開いた。極寒の過酷なロケで伝説となった『八甲田山』、そして日本中を涙で包んだ山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』。セリフの少なさの中に宿る圧倒的な感情の起伏は、日本映画界の至宝として国内外で絶賛された。