アブドーラ・ザ・ブッチャーの歴史を語る上で外せないのが、ジャイアント馬場率いる全日本プロレスでの数々の名勝負です。
1970年代から80年代にかけて、ブッチャーは全日本プロレスの絶対的なエース外国人として君臨しました。1977年の『世界オープンタッグ選手権』最終戦(蔵前国技館)において、ザ・シークと組んでザ・ファンクス(ドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク)と激突した試合は、日本のプロレス史に残る金字塔です。テリー・ファンクの右腕にフォークを突き立てる狂気のファイトは、日本中のお茶の間に戦慄を走らせました。
ライバルであり盟友でもあった「アラビアの怪人」ザ・シークとのタッグは、入場するだけで会場がパニックに陥るほどの威圧感を誇り、その後は仲間割れによる血で血を洗う抗争へと発展。また、ジャイアント馬場とのシングル対決では、巨体同士の壮絶な肉弾戦を繰り広げ、全日本プロレス黄金期を支える屋台骨となりました。