詩の締めくくりに登場する「陽関(ようかん)」は、唐の人々にとって心理的・地理的な絶対的境界線でした。
陽関が存在した場所は、現在の甘粛省敦煌市の南西約70キロメートルに位置する関所です。北側に位置する「玉門関」とともに、中原の文明圏と西域の砂漠地帯を隔てる最果ての出入国ゲートとして機能していました。陽関から一歩外へ踏み出すことは、唐の軍事力や治安維持が及ばない、ゴビ砂漠やタクラマカン砂漠が広がる異郷の世界へ旅立つことを意味します。
王維が放った「西出陽関無故人(西のかた陽関を出づれば故人無からん)」というフレーズには、関所を越えた瞬間に頼れる仲間も語り合える親友もいなくなる過酷な現実が凝縮されています。詩情あふれる渭城のしっとりとした情景と、関所の先に広がる荒涼たる砂漠のコントラストが、別れの哀愁を極限まで引き立てています。