金沢カレーという巨大な食文化の礎を築いたのは、創業者である故・田中吉和(たなか・よしかず)氏です。田中氏は戦後、東洋軒などの名門洋食店で修行を積み、フレンチや洋食の高度な調理技術を徹底的に叩き込まれました。この「一流の洋食人としてのバックボーン」こそが、チャンカレを単なる大衆カレーに留めない決定的な要因となっています。
1961年(昭和36年)、田中氏は石川県金沢市大工町にわずか数坪の小さな洋食店「洋食タナカ」を開業しました。当時、まだ高級料理であった洋食を「庶民にお腹いっぱい食べてほしい」という情熱から試行錯誤を重ね、現在の金沢カレーの原型となるオリジナルルーを開発。その後、共同経営による「ターバン」の創業を経て独立し、「タナカのカレー」、そして現在の「カレーのチャンピオン」へと発展を遂げました。この分裂と継承の歴史は北陸外食史における重要なエピソードとして知られています。
田中氏が生前、社内資料やインタビューで語り残した言葉に「カレーは料理の総合芸術であり、手を抜けば客の舌は一瞬で見抜く」という哲学があります。玉ねぎの炒め加減一つで仕上がりが激変するルーの仕込みにおいて、彼は鍋の前に立ち続け、スパイスの調合をミリ単位で調整し続けたといいます。現在、本店を構える石川県野々市市(金沢工業大学至近)の店舗は、かつて仕送りに頼る苦学生たちの胃袋を支え、彼らが社会人となって全国へ巣立った後も「あの味が忘れられない」と戻ってくる聖地となりました。