南アフリカ大会の開幕直前、日本代表は深刻な得点力不足と4連敗という泥沼の不振に喘いでいました。2010年5月の日韓戦に敗れた後、岡田武史監督はチームの解体を決断。アンカーに阿部勇樹を配置し、守備ブロックを固めてカウンターを狙う「4-1-4-1」システムへの急転換を敢行しました。
この戦術的クーデターにより、長年日本代表の象徴であり続けた中村俊輔は先発から外れ、前線の1トップ(ゼロトップ)には本田圭佑が抜擢されます。日本の攻撃を司る絶対的存在の交代は、代表史における劇的な権力の移行を意味していました。
中村は当時、左足首の故障や度重なる肉離れに苦しんでおり、かつてのようなキレを失いつつありました。自著や手記の中でも「コンディションが上がらない中でチームを引っ張らなければならない焦燥感」が赤裸々に綴られています。対照的に、欧州屈指の強豪CSKAモスクワで欧州チャンピオンズリーグ・ベスト8進出の原動力となり、全盛期の自信に満ち溢れていた本田。世代交代の波は、個人の思惑を超えた必然の帰結として押し寄せたのです。
本大会のカメルーン戦、本田の決勝ゴールで勝利を収めた瞬間、ベンチから飛び出して誰よりも早く歓喜の輪へ加わった中村の姿をカメラは捉えていました。自らのポジションを奪われた悔しさを胸の奥底に押し殺し、チームの勝利のためにフォア・ザ・チームを貫いたベテランの矜持がそこにありました。