ハルノ宵子の半生を語る上で避けて通れないのが、両親の過酷な在宅介護と看取りの記録です。母・和子は脳梗塞を患って車椅子生活となり、次第に重度の認知症が進行。一方の父・吉本隆明も重度の糖尿病による視力低下、人工透析を余儀なくされ、要介護状態に陥りました。2000年代初頭から約10年間にわたり、彼女は千駄木の実家で両親の食事作りから排泄介助、入浴補助に至るまで、生活の根幹をほぼワンオペレーションで担い続けたのです。
世間からは「知の巨人」として恐れ敬われた吉本隆明も、家庭内では甘えん坊で食い意地が張り、医者の忠告を無視して甘いものを欲しがる一人の頑固な老人でした。ハルノ宵子はその実態を美化することなく、介護コミックエッセイ『隆明だもの』の中で赤裸々に活写しています。透析室でのドタバタ劇や、認知症の母の予測不能な行動、そして何より「知性の崩壊」と「生の執着」を容赦なく見つめる視線は、多くの介護家族に驚きと救いを与えました。
2012年2月に母・和子が逝去し、そのわずか1ヶ月半後の2012年3月16日、父・隆明も肺炎のため87歳でこの世を去りました。両親をほぼ同時に見送るという極限の喪失感を味わいながらも、彼女は最後の一息まで逃げることなく親の老いを受け止め切りました。