「なぜ、島村氏が語る民俗学は人々の心を掴んで離さないのか?」――その疑問を解く最大の鍵となる概念が、彼が日本社会へ力強く導入した「ヴァナキュラー(vernacular)文化」です。
ヴァナキュラーとは、本来「土地の言葉」「固有の」「自発的な」を意味する言葉です。島村氏はこの言葉を援用し、国家や地方自治体、あるいは大手資本が公式に認定・推奨する「ハイカルチャー」や「公認の伝統文化」とは対極にある、市井の名もなき生活者たちが自発的に生み出し、継承している日常の実践全般を「ヴァナキュラー文化」と定義しました。
たとえば、以下のような事象がこれに該当します。
- オフィスデスクの引き出しに忍ばせる独自のおやつ配置ルールや同僚同士の謎の暗号
- 特定の団地や下町エリアだけで自然発生した独自のゴミ出し・回覧板マナー
- ネットコミュニティやSNS上で突如ミーム化し、誰も強制していないのに定着した儀礼的な言い回し
- 受験生やドライバーの間で誰からともなく囁かれ、定着していった現代の都市伝説や願掛け
従来の民俗学が「消えゆく古い習俗の救済」を急ぎがちだったのに対し、島村氏は「いま私たちの目の前で生まれ、更新されている無名の営み」を徹底して観察対象に引き上げました。公式な歴史には一行も残らないかもしれない、しかし日々の生活に確かな彩りや救いを与えている小さな工夫――それらを「ヴァナキュラー」として肯定する眼差しこそが、管理社会に息苦しさを感じる現代人の心に鮮烈な解放感をもたらしています。