1980年代初頭、日本のアニメーション界は大きな変革期を迎えていました。1981年3月公開の劇場版第1作『機動戦士ガンダム』の主題歌『砂の十字架』(作詞・作曲:谷村新司、歌:やしきたかじん)は大ヒットを記録したものの、作品の世界観と歌謡曲調のギャップに総監督の富野由悠季氏は強い葛藤を抱いていました。そこで第2作『機動戦士ガンダムII 哀戦士編』の楽曲制作にあたり、白羽の矢が立ったのが井上大輔氏でした。
当時の制作関係者の証言や当時のインタビュー記録によると、富野監督が求めたのは「子ども向けのアニメ主題歌」ではなく、「過酷な戦場に駆り出された若者たちの体温と焦燥感をリアルに描く本格的なロック」でした。井上氏はグループ・サウンズ黄金期を牽引したブルー・コメッツでボーカルやフルート、サックスを担当し、ソロ転向後はコカ・コーラのCMソングをはじめとする数々の名曲を手がけていたトップクリエイターです。アニメという枠組みにとらわれないポップミュージックの最前線にいた井上氏の起用は、極めて野心的な試みでした。
制作過程では、富野監督自らが「井荻麟」名義で歌詞の原案を提示し、井上氏がメロディとアレンジを構築しました。富野監督の求める生々しい戦争の痛みと、井上氏が持つ洗練されたポップセンスがスタジオで火花を散らし、幾度ものリテイクを経て完成したのが『哀戦士』です。イントロの重厚なドラムロールと歪んだギターリフ、そして井上氏のしゃがれたソウルフルな歌声は、従来の「正義のヒーローが敵を倒す」アニソンの構図を完全に打ち破りました。