サザン名曲の舞台パシフィックホテルの真相と跡地の現在

サザン名曲の舞台パシフィックホテルの真相と跡地の現在

サザン名曲の舞台パシフィックホテルの真相と跡地の現在の要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。

解体から2年が経過した2000年7月19日、サザンオールスターズは45枚目のシングルとして『HOTEL PACIFIC』をリリースしました。同曲は茅ヶ崎公園野球場で行われた伝説の凱旋コンサートのテーマソング的な位置づけでもあり、オリコンチャートで大ヒットを記録しました。

桑田佳祐氏は自著やインタビューの中で、幼少期に姉とともにパシフィックホテルのプールやボウリング場へ通い、そこから漂う洋楽の響きや大人びたリゾートの匂いに強烈な憧れを抱いていたことを明かしています。桑田氏にとってパシフィックホテルは、茅ヶ崎というローカルな港町と、海の向こうのアメリカ文化を繋ぐ「夢のゲート」でした。

歌詞の中に描かれる「砂まじりの茅ヶ崎」「想い出のパシフィック」という言葉には、かつて自分が背伸びをして覗き込んだ昭和のきらめきと、物理的には消え去ってしまった場所に対する鎮魂歌(レクイエム)の意味が込められています。ラテン歌謡調の情熱的なサウンドでありながら、根底には深い哀愁とノスタルジーが漂う名曲となったのは、桑田氏自身の原体験が色濃く反映されているからです。

中島 亮太
著者

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。