聖書の世界で生まれた宗教的象徴が、イデオロギーや国境を越えて20世紀の「世界共通の平和アイコン」へと昇華した最大の立役者こそ、巨匠パブロ・ピカソです。歴史の舞台となったのは、東西冷戦の緊張が急速に高まっていた1949年4月の「第1回平和擁護世界大会」(パリおよびプラハで開催)でした。
大会のプロパガンダ用ポスターの図案を探していた詩人ルイ・アラゴンは、ピカソのアトリエを訪れ、彼が手掛けていた写実的な白い鳩のリトグラフに目を留めました。ピカソ自身は幼少期に画家だった父から鳩の足の描き方を徹底的に叩き込まれた愛鳩家であり、自宅でも多数の鳩を飼育していました。アラゴンの熱烈な推薦によってポスターに採用された『鳩(La Colombe)』は、パリの街中をはじめ世界中の都市に何万枚も貼り出され、核戦争の恐怖に怯えていた大衆の心を瞬く間に捉えました。
当時、ピカソはこのポスターが発表された直後に生まれた実の娘に、スペイン語で鳩を意味する「パロマ(Paloma)」と名付けています。さらにピカソは1950年のシェフィールド大会、1952年のウィーン平和会議などでも立て続けに簡潔な線画でオリーブをくわえた「飛翔する鳩」を描き下ろし、世界中で数千万バッジ、数億枚の切手となって拡散されました。宗教の枠組みを外し、大衆運動のアイコンとして鳩を定着させたのは、まぎれもなくピカソの筆と冷戦期の国際政治でした。