鏡の前でのわずか数秒の衝動が、その後の10年、20年にわたるコンプレックスを決定づけてしまうケースが後を絶ちません。その最たる被害が、月面のクレーターのように皮膚がボコボコと窪んでしまう「陥凹性瘢痕(かんおうせいはんこん)」と、茶褐色にシミとなって残る「炎症後色素沈着(PIH)」です。
皮膚の構造を解剖学的に理解すると、自己圧出がいかに取り返しのつかない傷跡を残すかが明白になります。表皮の厚さはわずか約0.2ミリメートル程度であり、基底層から細胞分裂を繰り返して約28日から40日周期で完全に生まれ変わります(ターンオーバー)。したがって、傷が表皮の範囲内に留まっている限り、肌は元の滑らかな状態へと再生可能です。
しかし、表皮の下にある真皮層はターンオーバーを行いません。真皮層はコラーゲン(膠原線維)やエラスチンが緻密な網目構造を形成し、肌の弾力と構造を物理的に支えている骨格部分です。爪を立てて皮膚を横から強く挟み込むと、極小面積に対して数十キログラムに相当する強烈なせん断応力(剪断力)が発生します。この機械的衝撃によって、真皮層のコラーゲンネットワークが無残に引き裂かれます。
破壊された真皮組織を緊急修復するため、体内では線維芽細胞が急造の線維性組織(瘢痕組織)を大量に産生して傷口を埋めようとします。ところが、急造された組織は元の規則正しいコラーゲン束とは異なり、柔軟性を欠いた硬い拘縮(こうしゅく)を引き起こします。これが下層の皮下組織へと肌を強く引き込み、二度と自力では持ち上がらないニキビ跡クレーターが完成するメカニズムです。
さらに、強い圧力と急激な組織損傷は、表皮基底層に整列しているメラノサイト(色素形成細胞)を暴走させます。細胞を守るための生体防衛反応として過剰に分泌されたメラニン色素が真皮内に沈着し、紫外線に当たらずとも濃い紫褐色や黒ずんだ色素沈着が半年から数年間にわたって残存することになります。