ジンギスカンは本場モンゴルにない?チンギス・ハンとの関係と驚きの真相

ジンギスカンは本場モンゴルにない?チンギス・ハンとの関係と驚きの真相

ジンギスカンは本場モンゴルにない?チンギス・ハンとの関係と驚きの真相とはどのようなものなのか? 背景や要点を丁寧に紐解いて紹介します。

「成吉思汗(ジンギスカン)料理」という名称がいつ、誰によって命名されたのかについては、昭和初期の文献や当時の証言からいくつかの有力な説が存在します。

もっとも有力視されている名付け親の一人が、農林省の官僚として満州の調査に携わり、後に満州国総務庁長官を務めた駒井徳三(こまい とくぞう)氏です。駒井氏の自著や回顧録によると、1910年代初頭(大正初期)に中国東北部で食べた羊肉料理の記憶をもとに、日本国内で普及させるためのキャッチーな名称として「成吉思汗鍋」と命名したと記されています。

また、この命名の背景には、大正時代から昭和初期にかけて日本社会で一大ブームとなった「源義経=チンギス・ハン伝説」の存在が指摘されています。「奥州平泉で自害したとされる源義経は北へ逃れ、北海道を経由して大陸に渡りチンギス・ハンになった」という言説(小谷部全一郎著『成吉思汗ハ源義經也』が大ベストセラーとなった)が広く信じられていた時代でした。北海道とゆかりの深い義経伝説のロマンが、羊肉料理に英雄の名を与える心理的後押しとなった側面は否定できません。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。