ピン芸人として確固たる地位を築いた今田耕司ですが、その芸歴の原点には相方が存在していました。その人物こそが、現在コメンテーターや舞台芸人として独自のポジションを確立しているほんこん(旧芸名および本名:蔵野孝洋)です。
時計の針を巻き戻すと、両者は1985年に吉本興業のタレント養成所「NSC大阪校4期生」として出会っています。同期には130Rの板尾創路などが名を連ねており、熱気と殺伐とした競争意識が渦巻く時代でした。当時、すでに圧倒的な華と切れ味鋭い喋りを持っていた今田耕司と、強烈な個性と哀愁を放っていた蔵野孝洋。周囲の芸人仲間や関係者の証言によると、2人は自然な流れで意気投合し、漫才コンビ「ダブルホルモンズ」を結成しました。
「ダブルホルモンズ」の漫才ネタは、今田が持ち前の甲高いトーンで猛烈なスピードのツッコミやボケを繰り出し、蔵野が不器用かつ泥臭く受けて返すという、当時の心斎橋筋2丁目劇場の若手らしい荒削りなエネルギーに満ちたものでした。NSC内でも将来を嘱望される有望株として目されていましたが、その活動期間は極めて短命に終わることになります。