順風満帆に見えた後継者ロードが大きく崩れたのは、学生時代に出会った「演劇」の存在でした。劇団「惑星ピスタチオ」の旗揚げに参加した蔵之介さんは、広告代理店での会社員生活と劇団活動の二足のわらじを履き続けますが、睡眠時間を削る過酷な生活の中で「芝居一本で生きていきたい」という強い衝動を抑えられなくなります。
20代後半、蔵之介さんは安定した会社員生活を捨て、家業の継承を辞退して上京する決断を下しました。当時、父親へ退職と俳優転身の意志を伝えた際、実家には激震が走ったといいます。伝統ある酒蔵を背負わせるつもりで大学まで進学させた父親にとって、先が見えない芸能界への挑戦は到底受け入れがたいものでした。父親からは「勘当同然」の宣告を受け、数年間にわたり実家との間に深い溝が生まれることになりました。
それでも蔵之介さんは妥協せず、下積みを経てNHK連続テレビ小説『オードリー』(2000年)で脚光を浴びます。芸名の「蔵之介」は、実家の「酒蔵」から一文字を取り、俳優として名を上げることが実家への恩返しになるという覚悟を込めて名付けられたものです。自らの実力で道を切り拓いた蔵之介さんの姿に、頑固だった父親も次第に胸を打たれ、晩年には息子の出演作を誰よりも熱心に見守る最大の応援者となりました。