藤岡弘、という表記を目にした際、誤植ではないかと驚く人も少なくありません。しかし、この末尾の読点「、」こそが、彼の生き様そのものを象徴する決定的な記号です。
改名が行われたのは1984年のことでした。当時、日本人俳優として初めて全米映画俳優組合(SAG)のメンバーとなり、ハリウッド映画『SFソードキル』の主演を務めるなど、世界へ挑む大きな節目を迎えていた時期にあたります。過酷な国際舞台へ踏み出す際、彼は自らに厳格な問いを投げかけました。
本人の回想や著書によれば、読点を打った理由は主に2つの武道家的思想に基づいています。1つ目は「我いまだ完成せず、道半ばにして修行中である」という謙虚な姿勢です。文章において句点「。」が終わりを意味するのに対し、読点「、」はまだ言葉が続くことを示します。「自分は一生をかけて自分を磨き続ける未完成の存在である」という覚悟を行動として示したものです。
2つ目は「立ち止まって周囲を見つめ、恩と感謝を忘れない」という自戒です。人間は前進することに夢中になると、周りで支えてくれる人たちへの配慮や感謝を失いがちになります。文章を読むときに「、」で一息つくように、人生の歩みにおいても一度立ち止まり、家族、仲間、先達への感謝を思い起こすブレーキの役割を名前に持たせました。「点(読点)」の裏側には、己を律する極めて重い倫理観が込められています。