かつて日本は、世界でも類を見ない「食用牛の全頭検査」を実施していました。しかし現在、健康な牛に対する検査は廃止されています。これに対して「安全基準が緩和されて危険になったのではないか」という疑問を抱く方も少なくありません。しかし、その決定の背景には明確な科学的根拠と国際基準の進展がありました。
全頭検査が見直され、廃止された決定的な理由は以下の3点に集約されます。
第一に、「月齢の低い牛に対する検査精度の限界」です。BSEは潜伏期間が数年と非常に長く、感染初期の若い牛では体内のプリオン量が極めて微量であるため、どれほど精密なスクリーニング検査を用いても陽性として検出できません。つまり、若い健康牛に対する検査は科学的な安全確認として実質的な意味をなしていなかったのです。
第二に、「感染防止の決定打は検査ではなく飼料規制と部位除去である」という科学的コンセンサスです。世界動物保健機関(WOAH、旧OIE)の研究によって、異常プリオンが蓄積する特定の部位を取り除き、感染源となる飼料を完全に遮断することこそが最も有効な防御策であることが証明されました。
第三に、「リスク評価に基づく食品安全委員会の答申」です。2003年に内閣府に設置された食品安全委員会が長年にわたる膨大なデータを検証した結果、健康牛の検査を取りやめても国民の健康リスクは「無視できる水準」であると結論づけました。これを受け、厚生労働省は段階的に検査対象年齢を引き上げ、2017年4月をもって健康牛の検査を完全に終了したのです。