尾畠春夫氏がボランティア活動に没頭するようになった背景には、波乱に満ちた生い立ちと人生の転機が存在します。
大分県で農家の7人兄弟の4男として生まれた尾畠氏は、幼少期に母を亡くし、過酷な貧困の中で育ちました。尋常小学校を卒業後、すぐに下関や別府などの鮮魚店へ丁稚奉公に出され、文字通り「体一つ」で魚を捌く技術を習得。上京して東京都内で修業を積んだ後、別府市内で自身の鮮魚店「魚春(うおはる)」を開業しました。
地元で愛された鮮魚店を切り盛りしながらも、40代の頃から趣味の登山に打ち込み、由布岳の登山道整備を自発的に開始。この登山道の階段づくりやゴミ拾いこそが、尾畠氏のボランティア人生の原点です。そして65歳を迎えた節目で「これまでの人生で社会からいただいた恩を、残りの人生で返したい」と店を完全に閉店し、本格的なボランティア活動へと舵を切りました。