彼が所属する吉本興業株式会社の歴史の中でも、コンビ「麒麟」の登場は鮮烈だった。2001年の第1回『M-1グランプリ』において、無名でありながら決勝進出を果たした出来事は今や伝説となっている。「麒麟です」というフレーズと共に響かせた低い声のインパクトは、一夜にして彼らの名を全国区へと押し上げた。
漫才師として評価を固めた後も、彼は現状に甘んじることなく個人のスキルを磨き続けた。若手時代に培った舞台での度胸と、先輩芸人たちの胸を借りて磨かれたトーク力。一風変わったピンポイントの観察眼は、単なるお笑い芸人の枠を超えて、幅広い世代に愛されるキャラクターの土台となった。