グルメファンの間で長年議論の的となっているのが、「冷やし中華は仙台が発祥なのか、それとも東京・神保町なのか」という源流争いである。ネット上ではしばしば「どちらかが偽物」といった極端な二項対立で語られがちだが、客観的な飲食史を紐解くと両者の開発アプローチの違いが見えてくる。
東京・神保町の老舗「揚子江菜館」は、昭和8年(1933年)に「五目涼拌麺」を考案したと記録されている。これは富士山の四季を模し、具材を美しく放射状に盛り付けた芸術的な冷やし麺であり、盛り付けのビジュアル様式において決定的な影響を与えた。
対する仙台の「龍亭」は、昭和12年(1937年)に組合の料理人たちと協働し、高温多湿な日本の夏でも喉を通りやすい「スープの酸味バランス」や「茹で麺の氷水冷却法」など、現代の冷やし中華に通じる調理システムと味の設計図を確立させた。つまり、ビジュアル様式の先駆が神保町であるならば、タレの調合や現代的な清涼麺としての普及モデルを確立させたのは間違いなく仙台である。どちらかを排除するのではなく、日本の中華料理人たちが夏の猛暑と格闘した軌跡として捉えるのが最も正確な歴史観といえる。