若き日の彼を語る上で欠かせないのが、日本のお笑い界の巨頭・タモリの付き人を務めた濃密な歳月だ。芸能界への足がかりを掴むため、弟子入り志願者が門前払いを食らうのが当たり前だった時代に、彼は粘り強い直談判でタモリの懐へと飛び込んだ。当時、連日生放送だった『笑っていいとも』のスタジオや楽屋の裏方として奔走し、現場の張り詰めた空気とプロフェッショナルの矜持を肌で吸収していった。
メディアでは滅多に語られない当時の裏話がある。タモリの自宅付き人時代、徹底的に叩き込まれたのは「無駄口を叩かず、空気を察して先回りする」という粋な振る舞いだった。ある日、師匠から「お前は面白いことを言おうとしすぎる。人間はただそこにいるだけで面白いんだ」とボソリと告げられたという。深夜の伝説的番組『タモリ倶楽部』の現場で見せつけられた「何気ない日常を面白がる達人の視点」は、のちに彼自身のキャラクターを形作る決定的な血肉となった。