高松宮宣仁親王は、有栖川宮の祭祀を継承する形で設立された宮家の当主であり、その婚姻もまた歴史的な話題を呼んだ。妃殿下となった宣仁親王妃喜久子さまは、最後の将軍・徳川慶喜の孫にあたる人物である。明治維新によってかつて対立関係にあった朝廷と徳川慶喜家が、昭和という新たな時代の幕開けとともに婚姻によって結ばれたニュースは、当時の日本国民に深い感慨を与えた。
宣仁親王は海軍軍人としても活躍し、昭和天皇に最も近い側近の一人として激動の戦前・戦中を生き抜いた。兄である昭和天皇を支えつつも、時には軍部の暴走に対して批判的な眼差しを向け、皇室の尊厳と平和への模索を続けた姿は、後世の歴史家からも高く評価されている。