視線を別のブースに移すと、そこには荒々しいまでの生命力が渦巻いている。『放浪記』で劇的な文壇デビューを果たし、底辺を這いずりながらも書くことを手放さなかった林芙美子。そして、薩摩の豪放な気風と徹底した史料捜索によって歴史小説に新たな地平を切り拓いた海音寺潮五郎。この二人が残した直筆資料の前に立つと、近代日本文学が持っていた圧倒的な体温に圧倒される。
インターネット上で青空文庫を開けば、彼らの名作テキストはいとも簡単に手に入る時代だ。しかし、原稿用紙の欄外に走り書きされた作者自身の自問自答や、インクの滲み、何度も重ねられた赤字の修正痕は、データ化された文字列からは決して伝わらない。貧困や戦争といった過酷な現実と対峙しながら、それでも言葉を紡ぎ続けた林芙美子と海音寺潮五郎の凄絶な執念が、紙の皺ひとつから伝わってくる。