壊れたエスカレーター現象が発生した瞬間、体内では極めて複雑な物理的・生理学的エラーが起きている。具体的には、以下の3つの要素が連鎖することで「足元が抜けるような感覚」や「一瞬のめまい」が引き起こされる。
第1に、歩行速度と重心移動の過剰な補正だ。動いているエスカレーターに乗るとき、人間は床の推進力に対抗するため、通常の階段を上るときよりも無意識に強い力で前方へ踏み出す。停止しているエスカレーターにこの推進用プログラムがそのまま適用されると、足先が想定以上の勢いで前へ振り出され、上半身の重心がグラついてバランスを崩す結果となる。
第2に、ステップ(段差)の物理的規格の違いが挙げられる。建築基準法等で定められた一般的な階段の蹴上げ(1段の高さ)は約15cm〜18cmであるのに対し、エスカレーターのステップは約21cm前後と高く設計されている。エスカレーターの踏み面も平らな階段より奥行きが広い。脳が「階段を上る」モードと「エスカレーターに乗る」モードの間で混乱を起こしている最中に、普段の階段とは異なる高い段差に足が着地するため、足裏からの固有受容感覚に強いズレが生じる。
第3に、前庭感覚(内耳の三半規管・耳石器)と視覚情報の不一致である。脳は「動くはず」と予測して前庭系に準備をさせているが、実際には身体が静止慣性に直面するため、内耳からの加速度シグナルがゼロのまま送られる。この「脳の予測(加速度あり)」と「実際の感覚器(加速度なし)」の激しいコンフリクトが、一瞬のめまいや浮遊感として自覚される仕組みだ。