平安でモテる顔は現代と真逆?下膨れと引目鉤鼻が絶世美女の決定打

平安でモテる顔は現代と真逆?下膨れと引目鉤鼻が絶世美女の決定打

平安でモテる顔は現代と真逆?下膨れと引目鉤鼻が絶世美女の決定打について押さえておきたい 理由を分かりやすい構成で解説いたします。

Q1:平安時代の庶民も「お歯黒」や「引眉」をしていたのですか?
A1:いいえ、平安時代当時の庶民は行っていませんでした。お歯黒の原料である鉄漿(かね)や眉を描くための墨、肌に塗る白粉は非常に高価な贅沢品であり、上流貴族階級だけの特権でした。庶民の女性が日常的にこれらを行うようになるのは、経済が発達し物資が庶民層に行き渡った室町時代末期から江戸時代以降のことです。

Q2:ふくよかな体型が良いとされましたが、太り過ぎていてもモテたのでしょうか?
A2:際限なく肥満であれば良いというわけではありません。古典文学『枕草子』の中で、清少納言は「あまりに背が高すぎる人や、肉が余りすぎて動きが鈍重な人」を興ざめなものとして鋭く批判しています。平安貴族が求めたのは、十二単を美しく着こなすための「豊かな厚みと丸み」であり、優雅な立ち居振る舞いや機敏さを失わないレベルのふくよかさが理想とされていました。

Q3:現代の芸能人や有名人でいうと、誰が平安時代の「絶世の美女」に近いですか?
A3:現代で言うところの「和風美人」「アジアンビューティー」と評されるタイプが近いです。具体的には、輪郭が穏やかな丸顔または卵型で、切れ長の涼やかな目元を持ち、黒髪のストレートが似合うタイプの女性です。骨ばった凹凸の少ない、しっとりとした質感の肌を持つ顔立ちが、平安期の美意識に最も合致すると言えます。

中川 明日香
著者

中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。