「胴体があるモアイ」と「地面から顔だけ出ているモアイ」、そして海沿いの石台に並ぶモアイは、それぞれどのような関係にあるのか。現地ラパヌイ国立公園内に存在する約1,000体近い石像群のデータを整理すると、その構造的差異が浮き彫りになります。
比較データから明らかな通り、祭壇(アフ)の上に立っている完成体のモアイにも最初から胴体は存在していました。しかし、18世紀後半から19世紀にかけて部族間抗争(フリ・モアイ=モアイ倒し戦争)が勃発し、祭壇上のモアイはことごとく引き倒されて破壊されてしまいました。現在観光地で見られる直立モアイの多くは、20世紀後半にクレーン等を用いて修復・再建されたものです。
一方、ラノ・ララクの斜面で地中に首まで埋もれていたモアイは、倒されることもなく直立を維持し続けました。頭部に赤い帽子のような石「プカオ」(プナ・パウの赤色凝灰岩から切り出された結髪を模したもの)が載っておらず、目も彫られていないのは、彼らが祭壇へと旅立つ前の「未完成の魂」であったことを物語っています。