紫吹淳の出身校と学歴一覧!太田女子高の中退理由や宝塚秘話

紫吹淳の出身校と学歴一覧!太田女子高の中退理由や宝塚秘話

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1984年4月、紫吹淳さんは宝塚音楽学校に第72期生として入学しました。同期には、後に星組トップスターとなる香寿たつきさん、雪組トップスターを務めた絵麻緒ゆうさん(現・えまおゆう)、専科で長く活躍した五峰亜季さんなど、宝塚の黄金期を牽引する錚々たるタレントが揃っていました。

音楽学校時代の紫吹さんは、芸名の由来となったエピソードも同期との関係性から生まれています。本名が「理佳(りか)」であることから、愛称は「リカ」でしたが、芸名を考案する過程で同期生から「理佳はなんとなく“淳”っぽいよね」と言われたことがきっかけとなり、爽やかでシャープな印象を持つ「淳」の文字を採用。「紫吹淳」という、気品ある響きの芸名が誕生しました。

1986年、宝塚歌劇団に『レビュー交響曲』で初舞台を踏んだ紫吹さんは、花組に配属されます。男役としては170センチの長身、抜群のプロポーション、そして切れ味鋭いダンスパフォーマンスを武器に頭角を現しました。その後、星組、専科への異動を経て、2001年に月組のトップスターに就任。相手役に映美くららさんを迎え、『長い春の果てに』『LUNA』など数々の名作を世に送り出しました。

2004年に惜しまれつつ宝塚歌劇団を退団した後は、オスカープロモーション所属を経て、舞台女優としての地位を盤石なものにします。退団から20年以上が経過した2026年現在も、ミュージカル『細雪』をはじめとする大型舞台やディナーショー、トーク番組で変わらぬカリスマ性を放ち続けています。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。