実写映画版を語る上で欠かせない最大の議論が、脚本家・吉田智子と月川翔監督が下した「原作にない12年後の世界を描く」という構成上の大手術です。原作小説は最初から最後まで高校時代の「僕」の視点で語られる一人称小説ですが、映画ではこの原作の骨格に大胆な改変を加えました。
この変更が行われた最大の理由は、「小説のモノローグを実写映像として成立させるための必然的な装置」が必要だった点にあります。原作の魅力である「僕」の内向的な独白を、映画で単なるナレーションとして流し続ければ劇映画としてのダイナミズムが失われてしまいます。そこで制作陣は、大人になった春樹(小栗旬)が母校の図書館整理を通じて過去の手紙を見つけ出すという「宝探し」のミステリー構造を導入しました。
小栗旬という日本を代表するトップアクターが現在の「僕」を演じることで、10代の淡い記憶が「現在の人生にどう刻まれているか」という実存的な重みが生まれました。小栗は撮影現場で北村匠海の撮影素材を繰り返し鑑賞し、声のトーンや姿勢、歩き方をシンクロさせる徹底した役作りを敢行したと証言しています。
また、北川景子が演じた現在の恭子の存在も、物語の着地点を「悲劇の消費」から「生き続ける者の希望」へと昇華させました。学生時代には激しく反発し合っていた「僕」と恭子が、12年という歳月を経て桜良の手紙を介して真の友人となるラストシークエンスは、原作ファンからも「映画ならではの美しい回答」として極めて高い評価を得ています。