きんせいの歴史を語る上で欠かせないのが、創業者である中村建築(なかむら たけのり)氏の異色の経歴です。中村氏はかつて自衛隊や一般企業などラーメンとは無縁の業界で経験を積んだ後、独学でラーメン作りを一から研究しました。
2001年、高槻市富田町のわずか数坪のテナントから「彩色ラーメンきんせい」をスタート。当時の関西は豚骨白湯や背脂チャッチャ系が全盛期でしたが、中村氏は「日本料理の吸い物のように、最後の一滴まで飲み干せるラーメン」を目指しました。厨房で寸胴と向き合い、煮干しの頭やハラワタの処理、火入れの秒単位の調整を自らの手で検証し続けた記録は、当時のラーメン専門誌の手記でも克明に語られています。
特筆すべきは、中村氏の「人を育てる力」と「のれん分け」の独自システムです。きんせいグループは直営店の多店舗展開を急がず、自らの技術を弟子たちへ惜しみなく継承してきました。中村氏の元から巣立った職人たちは「きんせい一門」として独立し、関西のラーメンシーンを牽引する名店へと成長しています。
代表格である大阪・福島の「ラーメン人生JET」の店主をはじめ、西長堀の名店「麺や 拓」の創業者、京都や大阪各地で高い評価を受ける実力派店主たちが、きんせいで自家製麺技術や出汁の基礎を叩き込まれました。また、グループ内の別ブランドとして展開される「中村商店」では、よりノスタルジックで力強い中華そばを提案するなど、一門全体で関西の麺文化を分厚く支えています。