「作品の裏に実在のモデルが存在するのかどうか」という問いは、受け手である読者コミュニティの心理にも複雑な影を落としています。SNSや専門レビューサイトに寄せられるBL漫画に対するネットの反応を定点観測すると、ファンの感情は大きく二つの極に引き裂かれていることが浮き彫りになります。
肯定派の意見としては、「作者が実在する人物の仕草を徹底的に研究しているからこそ、筋肉の付き方や骨格の描き込み、ネクタイを緩める仕草に生々しい説得力が宿る」「完全なファンタジーよりも、どこかに実話のエッセンスを感じられるほうが感情移入の深度が桁違いに深くなる」といった、作品のリアリティを礼賛する声が支配的です。作家がインタビューなどで創作の背景を明かした際、それを「制作秘話」として好意的に受け止める土壌があります。
一方で、強い警戒感や拒否感を示す読者層も確実に存在します。その理由の筆頭に挙げられるのが「生身の人間を消費することへの倫理的忌避感」です。特に、実在する芸能人や身近な人物が透けて見えすぎると、「本人の同意なく性的な妄想の対象に仕立て上げているのではないか」「純粋な二次元のファンタジーとして没入できなくなる」という居心地の悪さを覚える読者は少なくありません。
ある中堅BL誌の編集者は、次のように現場の感覚を吐露しています。
「読者が求めているのは『生々しい個人情報』ではなく、現実の人間が放つ『体温や痛みのリアリティ』です。実在の誰かをそのまま描いてしまえば、それは漫画ではなく悪趣味な覗き見になってしまう。作家がなすべき仕事は、現実から吸い上げたリアルな感情を、完全にコントロールされた虚構のキャラクターへと蒸留し直す作業に他なりません」