SNSやネット掲示板を観察すると、「イップスになるのは気が弱い選手だけ」「プロ野球選手には無縁の甘え」といった心ない書き込みが散見されます。しかし、野球のイップスに関するネットの反応とプロフェッショナルの現場の実態には、著しい乖離が存在します。
事実として、日本のプロ野球(NPB)やメジャーリーグ(MLB)の第一線で活躍したスーパースターであっても、イップスに直面した例は枚挙にいとまがありません。かつてゴールデングラブ賞を獲得した名手や、球界を代表する剛腕投手が、ある特定のシチュエーション――「ピッチャーゴロの一塁送球」「捕手からの投手への返球」「二塁ランナーへの牽制球」――において突如として制球を失い、苦悶する姿が記録されています。
ある元NPBの名内野手は、現役引退後の手記や特番インタビューの中でこう述懐しています。「周囲からは『何であんな簡単な距離が投げられないんだ』と笑われた。だが本人の頭の中では、指先が接着剤で固められたかのように開かず、リリースの瞬間に足元の地面が消え去るような恐怖があった」。また、屈強なメジャーリーガーですら、捕手への返球が観客席に飛び込む暴投となり、二塁手へのコンバートを余儀なくされたり、若くしてユニフォームを脱いだりする実例が報じられています。
これらの生々しい証言が証明しているのは、イップスが「スキルの低さ」や「気骨の欠如」から生じるのではないという明確な真実です。むしろ、「絶対にチームを勝たせたい」「ファンの期待に応えたい」「寸分の狂いもない完璧なボールを投げたい」と人一倍責任感を燃やし、極限の集中力を発揮しようとする真面目で繊細な選手ほど、脳の運動制御ネットワークに過剰な負荷がかかり、回路がショートしてしまうのです。